女子大生雑記録

日々の面白いこと面白くないこと

 

高校生の時分に、戦国鍋テレビという神番組のコスプレを文化祭でやった。その衣装の1つに私と私のママとで作ったズボンがあって、それはゆるい素材ですので、いま私のパジャマになっていたんだけど、今日ふと気がついたら、股のところに穴が空いていた。きちんと丁寧に重ねて縫ったりしてなかったから当然なんだが、思い出に穴が空いてしまった。そのあたりの記憶も思い出したくない思い出の箱に飛んで行ってしまったかもしれない。

考え始めると思い出はだいたい穴だらけで、誰とどこに行ったのか、自分のその時の感情が何だったのか、なんていうことはほとんど覚えてないし、ただ、どこそこへ行ったことがある、ないというようなon offのみで表すことができることしかずーっと長くは覚えていられないんだ。私にとっては、いつだって今が一番強くて、これは感情的な話でなくて、経験的事実で、たとえ今と似たような状況を過去に経験していたとしても、今が過去に流れていかない限り、私は今と過去を客観的に比べることがとてもとても苦手だということ、おととい気がついた。

思考を必要としない作業の方が過去に流れていくのが早い。たとえばスキーなんて、久しぶりに乗ると初めて乗ったみたいに怖くて、ビクビクするが、2、3回滑り下りればその2、3回はすぐに過去になって、過去と過去を比較することは容易なので2年前と比べて修正をかけて楽々たのしく滑れるようになる。

思考を追わなくちゃいけないものはずっとずーっと難しくて、何年も経たないと過去にならないことだって多い。私は多分に感情的なのかもしれない。客観的事実だけを進行形の今から取り出すことが苦手だ。自分だけじゃなくて相手の感情も取り出せない。そもそも相手の感情は見えるような気がしない。後から考えてなるべく近しいような答えをつけてみることはしているけど、モチベーションが見つけられないことも多い。

いろいろなことの理由を教えてほしい。たとえば感情が理由になりうるのかとか。本能的欲求を満たすために論理的アプローチを施すとしたらそれは理性的な行動に帰属されるのだろうか。やっぱあかんのかなあ。現実と頭の中、乖離していないのも危うい。

 

私が死んだら、この世界は無くなるんだなっていうことが、最近わかったこと。