女子大生雑記録

日々の面白いこと面白くないこと

靴下一枚で守られるように

 

私の部屋(家?)はとても寒いです。なので、部屋の中でも、布団の中にいないときには凍えるし、指はかじかむし、すきっと過ごすことができる。私はあっつい部屋よりはきーんと冷えた部屋の方が頭がちゃんと動くので好きです。部屋寒いにもかかわらず窓を開けて風を吹かせたりするのが大好き。だがそれがきもちよくできるかと問われると、足先をちゃんと靴下で守ってるからなんやな~と。それから、母御にもたされたはんてん的な上着できちんと肩を温めてるからなんやなあと。ただそれになんとなく気づいただけで今日がほぼ終わった。

 

きのうはとても楽しかったから、そのことを記事に書きたかったけど、かけないほどの疲労のうちに寝落ち、楽しかった気持ち無事霧消。モチベーションがわかないからあとでやっつけ程度に記憶のための文字起こしをする予定です。きょうは起きたのが遅くて、今やっとエンジンがかかってきたところだけど、すごく、すごく、大阪で過ごした最後の一年間のことを思い出している。自分の人生のなかで、初めて、自分の意思の配分を大きく取って動く、ということが実現したのがその年、わたしが浪人生していた年。それから四年たって、自分の意思の割合は、増えただろうか、というようなことをぼーっと、考えている。増えたとも、減ったとも、言えると思う。自分の意思を介在させて行動を決定することが理想、そして理想と現実を区別しない(できない)ので、自分の意思じゃ~オラアア~~と活発に活躍する時期と、何もしたくない、できない、から眠ることを選択する時期とが交互に来る。そして、最近気がついていることが、私はだんだん意思がなくなってきている、ということ。これが老いと呼ばれるものの発現なのかな~とも一瞬考えたが、さすがに22歳でその論を結んでしまうのは開き直りのような気がするのでやめにした。

 

それで、0/100理論を自分の根底から追い出さないと、このしんどさからは解放され得ないのかな、とうのが今日の予想。行動を起こすとしたら、自分の意思が100%反映される(と信じられる)ような行動をしたい。すると、当然一人の活動が推奨されるわけだが、私のしたい事って、一人じゃできないことが多くて、譲歩しなくちゃいけないことがあるならやらない!ってなって、何もしない人になる。たまーに、複数名での予定を立てたり、既存の予定に参加するような気持ちになるが、前日になると百発百中で行きたくないになる。さすがに仲のいい友達の場合は行けば楽しいと、わかっていても苦しい。なるべく多くのお金を持って出かける位しか対処法はあみ出せていない。自分一人の予定でも、予定した時間のなかでずれが生じたらもう何もわからない、になる。

一人暮らしで、家族に私の毎日を妨げられることはなくなったけど、自分が自分をまだコントロールできないでいる。というか、自分でコントロールするべき時間が急に延びて、キャパオーバーである。きっちり予定を立てて、それを消化して、うまくいく24時間は、すばらしい全能感と、達成感、そして自分の意思の存在を認識してとてもいい気持ちになれる。反面、前日に何も考えずに就寝、起きた午後には、なにもしたくない私だけが残る。このギャップがしんどい。昨日の成功もすっかり台無し。ごめんな昨日の私。やっぱり私の体力が無いのとかいろいろ含めて、能力以上のことを望みすぎなのかね。

 

 今猛烈に、丸ノ内線国会議事堂前駅で、池袋方面からきた電車がトンネルの中に消えていくところを見たい。それくらいにしんどい。宇宙戦艦ヤマトのOPをきいてイスカンダル行ってくる。一音を2つ以上にわたる音階で割る部分の多用される曲好き。

 

来世は安らぎよりも素晴らしいものに気がついて、星を目指す終わらない旅にでられる強い男に。