女子大生雑記録

日々の面白いこと面白くないこと

教えてもらえなかったこと

これは昨日に書き始めた記事です。

 

昨日の晩から今日、明け方にかけて同居人と3時間くらい白熱の有意義タイムを過ごしました。

 

わたしはずっと(中学生くらいから)自分が何かを頑張って成功した、あるいは失敗したという経験を持っていないということを不安に思っていた。外見上は、自分はやればできる子ですよ感を出してきたが、しかもいまもそうかもしれないが、実際には多分頑張るという状態を自分で作り出せないと思うのです。そして、それが本当にダメなんじゃないかと、歳を重ねるごとに逃げ場がなくなって行くのを感じていた。

 

そもそも頑張るって何?という、それだけのきもち。頑張るっていうことの定義がわからないままに22歳になってしまった。小さい頃からなんでも割とできたので、周囲から頑張ったねって言われることなく過ごしてきた。母や父にも、頑張ったねと言われた経験はない。だから、自分は頑張ったことがない人間なんだと思って過ごしてきた。そして、頑張る→成功するという体験を体得した記憶もないので、すごく頑張って何かを成し遂げた人に対して常に気後れがあった。ほかは、わたしも胸を張って頑張ったもん!と言ってみたいよ〜、みたいな。

 

同居人は、あの時は辛かったなと思うことが、その当時の自分が頑張ったということだといった。妹(確認を取ったところ、なぜか妹は頑張れる子であった)は、楽しいことでも夢中で頑張るということはある、と言った。わたしは少しいままでの自分に肯定的になった。