女子大生雑記録

日々の面白いこと面白くないこと

バックアップ

 

朝からダメになる一歩手前でずっと、ずっと、ずっとひっかかって耐え続けている。それでも起きて、1限に行くことが、回復への道と信じてここまで来た私の成長は認められたい。

レポート印刷ジョブが残っているのですが、パソコンの電源がずっとつかない。些細なことが気を逆撫でするし、どうも頭痛のようなもので頭がチクチクする。こうしてすぐに体調不良になるのは甘えですか。違うとはっきりわかる、これは他力本願マインドの欠陥なんです、説明させてください。

 

他力本願マインド、わたしの生き方の基本システムであるこれは、一言でいうと、他人の期待に応えることを目標として生きること。やりたくないこと、やりたいことは問わず(もちろん、やりたくないことの方がこのモチベーションの実力がより発揮される)、すべての行動は、他人からこう見られているだろう自分を演じること、あるいは他人からこのような人間なんだなと見られたい自分へ誘導するための手段として選ばれる。ここで重要なのは、他人の条件をどのように設定するか。これを失敗すると一気にダメになるのがはやくなる。当然他人を1人に絞ってしまうのは、もう、幼稚園生になるまえにみんなやってて、私も、ママの期待だけに応えるために頑張ってた時期あるから、自然に過ちに気付くと思う。次に、パパ、おばあちゃん、私の場合は妹、っていう風に次第に範囲が広がっていって、決定的に範囲が広がったのは、小学生の時、担任とクラスメイト(2クラスだったのでほぼ固定)に囲まれた時。だが幸いにも、私のクラスメイトの殆どと、すべての担任はクソ野郎だったので、風呂敷を広げる必要もなく、無事に育った。この背景には、まだその頃は全力で他人に期待していたというのもある。全員が私とおんなじことをできると思っていたもの。ここは結構書きたいことあるけど話が進まないので割愛。中学高校もオタクだったので、ほとんどの人間とはきっちり関わらずに生きられた。または、仲の良い人を通して接するに耐えた。

 

大学生になって、一人暮らしを始め何をするにも社会との第1接触が強いられるようになった丸3年前、私は病んだ。何もできなくなったから、留年した。これだけが病んだ原因ではないけれど、他人の範囲を広げすぎたのだ。特段、仲の良い人間が近くにいなかったので、1から100まで全員の重みを同じくらいにして、接するしかなかった。明らかに私の体と頭が耐えうる以上のことを要求されているような気持ち。ある日、なんでこんな知らん奴のために頑張らねばいかんのやと気がついてからは、他人の条件を厳しくして、特に仲の良い人間に重きをおくようになった。といっても、東京に来てからの知り合いは、やはり心許ないので、結局は一番時間を過ごすことになる、恋人が頼みの綱なのだ。前だって今だってそう、そしてこの一極集中により、私の地盤はゆるゆる、バカバカ。

 

私が相手の期待に応えたいと思うということは、裏番では相手が私の期待に(既に)応えてくれているという前提が成り立っている。相手が私の期待しうるすべての条件を満たしているなんていうことはあり得ないので、このシステムが、そもそも破綻していることは明白で、だから今日も私は些細なことでダメになりかけている。自分が想定していなかった方向の良くない点が露わになるたびに、震度2ぐらいでゆるゆると揺れる、気持ち悪くなって、本当はちょっと違うのだが、張り合いのなくなった、ような状態になる。うまくいけばその良くなかったところには目を伏せて、再び似たような状況が訪れるまではひとまず平気になる。ビビリなので、直してほしいと言えないからそうするしかなかった。

 

今の所今回は臨戦態勢なので、うまくいくことをみなさん、どうか応援ください。

 

今日のBGM「LOVE WAY 」尾崎豊