女子大生雑記録

ここは、ほんとの部屋

ソリタリ

 

周りの人たちに恵まれていると思う、わたしのことを気にかけてくれる人、たくさんいると思う。それでもやはり毎日さみしいと思うし、そうおもうことを辛いと感じる。さみしすぎて死んでしまいたいことがある。自分がまだまだやれるはずだと言うことを信じなければ、このさびしさはなくなるのかもと思う時もあるが、その保証もない。

最近のわたしに見られる傾向として、さびしさを周囲への怒りに変えてしまうことがある。それがとてつもなく嫌だ。

 

さびしさは心の中に隠して、生きていくのが正式だといえよう。自分のさびしさを埋めるために私をつかうのはいいんだけれど、露骨にそれを感じさせないでほしい。そこはうまくやるのがいい。子供みたいに感情を伝えることは自由なんだけど、せめてその全てを私が受け入れる前提になっていることのおかしさを認めてください。そして私のさびしさを迎えにきてほしい。

 

多分実際にはお互い歩み寄っているんだけど、私が私がって主張ばかりしてしまうことが一番だめなところなんだと思う。開き直る宗教やめます。てはじめにツイッターとか言う軽率な自己主張世界とはさよならします。