女子大生雑記録

ここは、ほんとの部屋

すべての優しさを超えるには

 

優しくしようと思うこと、その気持ちになれること自体が幸せで素敵だな、というのはいつも思うのだ。だけど優しくしようと思ってのことでないところを優しいと感じることができたとしたら、その二人の関係はなんらかの幸福を伴うと考えるのが当然じゃないか。

 

相手の性質と、それに伴う行動に、自分が優しさをみつけることができたらそれは必ずすべての優しさを超えて嬉しさと安らぎをもたらすんじゃないかしらと、思うのです。

 

私は人の素直さを好みます。思ったことをたしかめず口から出すような人が好き。自身もそういう鋭い鈍さを持っていたいと思います。その素直さには悪意があってはいけません。悪意を含まない、悪いものは悪いとわかっている、育ちの良い素直さ、気持ちの良い素直さ。しかし世間知らずであることは、1番の悪なので、ここが大変に重要で、周りと自分が異なること、直感的にではなくてもわかっていてほしいです。そして世界と自分たちを切り分ければ、内側をとりわけ愛し、守らんとす正義感を持ちましょう。そうすれば、内部の人たちはその正義感に報うため、自らが守られる価値ある人間たるために、素直な人になろうという気持ちになるんじゃないかなあと、私は思うのです。もちろん自分1人にとっても、これは当てはまることでこうしていれば自分に自信が持てる日が来ると信じたりしている。さっきから素直と書いたけど、その言葉が一番きれいだと思うから使っていて、実際には、健気、こういう意味で使っています。

 

相手の行動によっての自分の気持ちの変化を素直に伝えること、これが人間ができる1番の優しさの直接表現だ。私は喜んだよと伝える、こういうことをされれば悲しいと伝える。直接に感情をやりとりすることを厭わない、これが世界の内側に相手を呼ぶということだといつもおもいます。

 

相手の優しさを全て感じ取ってあげたい、と思うことも、優しい。

 

悲しくならない方法を取れるようになりたい。