女子大生雑記録

日々の面白いこと面白くないこと

夏休みだから

 

前回の更新からいろいろなことをした。いろいろな人に会った。具体的に消化していこうと思う。

 

まず、バイトの面接に行った。いままで働いていた塾はいったんお休みにすることにした。ヨガスタジオの面接にいった。面接する側の質問内容にはさいように対する積極性が透けて見える。おちるときも、受かるときも、すぐにわかる。数回働いてキラキラプレイスがだめな日に当たって逃げた。ごめんなさい。こういうことも100回は繰り返した。なんだか、すごくいやな経験を1つしたはずなのだがもう思い出せない。

 

元彼経由で知り合って仲良くなった友人とごはんにいった。一年ぶりくらいに話したけど普通に話せて安心した。約束当日になって、何度も時間や日付を確認したり、本人が場所に現われるまで安心できなくてそわそわしたりする事、とても苦手で心が冷えるのでなんとか克服したい。この会合も結構前の出来事なので、会話の内容が記憶に薄い。いやになってきた。

 

さらに新しいバイトの面接に行った。某薬局の店員さんになる予定です。バイト収入の試算をし、幸せな気持ちになっていたのが今日の昼です。働くこと自体が好きなわけではないけれど、自分の存在が時給として簡単に表示されるシステムが好きだ。労働することにより、今日自分は(自分の)ためになることをした。という気持ちになれる、消えたいきもちがすこしばかりましになる。それが労働の効能の最たるものである。お金は副作用。8月に入り、全く労働をした日がないのでそろそろ心が虚無に支配されるところです。自分の趣味やあそびによって、今日は何かをした。という気持ちになれないというバグが発生しているので、こうも毎日いるだけだと、焦るのです。あそぶこと自体がこの気持ちを加速させている気がして、予定をつぶしてしまいたい気持ちにさえなる。並々ならぬ心の焦りが来て、教科書を取り出し、勉強などを始めるか、寝てなるべく早く時が過ぎることを祈るかの二択。あしたは気持ちよくコンサートに行かなくてはいけないので、今日は勉強をします。

 

昨日の話をかけば、あとは別記事に起こそうと思っている二件をのぞけば、夏休みのことはたいていおわったのです。昨日は中学生の時にできたお友達と六年ぶりくらい(?)にあって、上野へいきました。動物園にいこうね、っていう約束だったので、シャンシャンを見ようと。シャンシャンは寝てたけど、笹を食べるパパンダを見られた。シロクマも何か肉のようなものを食べていた。ものを食べる動物というのはこれらも生き物であるんだな、という感覚を呼び覚ます。どうにも、そこにいる動物と剥製の動物との違いにぴんとこないのが本来の私である。友人一押しのサイも草を食べていた。のどが渇きそうだなあとか、考えた。そういう想像が生き物であることを、私と同じ思考を持ちうることを思い出させる。すごいなあ。再三書いたかもしれないが、実際に見たことのないものに対する想像力が皆無なので、ドイツ人がまいにちジャガイモとザワークラウト食べてるとは思いがたいし、友人カップルがチューしてるってことも信じていない。鯖がジグザグに泳ぐことは知っているし、研究室の教授が実験することも知っている。カメが水中を泳げるって言うことも。まあそのことは今回関係なくて、会話の中で一つ素晴らしいことに我々はきがついたのである。

 

恋人とのデート、会話など、いつまでも覚えているものと、そうでないものがあるのはどうしてなのか。という話になった。たしかにそうだった。一緒に行ったところとか、すべていまでも思い出せることもあるのに、最近のことなのに全く思い出せないこともあるんだ。私たちの見解では、自分が主体となって提案、計画したものはしっかりと覚えている、ということになった。当然と言えば当然なんだが、なるほど、感がすごい強かった。最近の自分の虚無感の原因の一端をしった。大人になってから、体力が無くなってから、たくさんあるものの中から自分の嗜好に合うものを見つける努力をしないようになった。あたらしい趣味を見つける努力を怠っているわけではなくて、友人に勧められたものや、恋人に勧められたものの差分みたいな感じで自分の生活を作り、自分自身の本当に好むものとしては、昔に見つけたものを掘り返して、何回もしがんでいるような状態で(それでももちろん味が十二分にでるから、素晴らしいものを自分は好んでいるんだとは思う)、新しいものはほとんどないんだ。かろうじて、、好きな教科書や、本を見つけてきて読むとか、その程度。ピクシブを何時間も巡回したり、自分で書き込んで絵を描いたり、小説を書いてみたり、いろんな作家の本を読んだり、毎期アニメを追いかけたり、いろんな音楽を試したり、がんばってマニキュアを塗ったり、市民プールに行ってみたり、からおけに週6日よったり、とか、そういう熱をこめて、自分の好きなことを頑張って探す、作る努力をしようと、少しだけ、思った。