女子大生雑記録

日々の面白いこと面白くないこと

自己肯定感、満足感

 

昨日は記事を書いた後、別のお友達からも連絡が来ました。急用以外で1日に2人からも連絡がくるなんて珍しく、素晴らしい日でした。彼もまた、イニシャル取るとKくんなんだが、わかる人にはわかるようにKANくんにしようかな。

歌手感が凄まじいが。(古いか?)

 

KANくんは浪人生時代にできた友人だけど、大体何の話をしてもよくわからんなりに素直に受け答えをしてくれるとても気持ちの良い人なのでめっちゃすき。大体突拍子も無い考えは全部KAN氏に投げるとほどよくほぐして返してくれる。天才だな〜。

 

昨日も全てはなるようになるんやと、ありがたい言葉をいただき大変に心が軽やかになりました。本当に人生上確実に2人とは得られない逸材だと断言できるしこれからも仲良くしよう。

 

そのKAN氏に昨日こういう話をしてみた。自分の認識が歪んでいるかもしれないということを疑わない種類の人間がいることが理解できない、と。どうして考えちゃう人と、考えないでいられる人がいるんだろう?というようなことをもっと適当に投げつけたわけです。

 

自分の環境に満足できてると、考えなくなるし、考えるだけ無駄やしって思うこともあると、極端にいらんことにとらわれるようなことはないことはないけれど、良いケツの写真みてるほうがよくね?ってなる。

 

伝わる人にしか伝わらないと思うんだが、これはふざけてないしかなり真実味の強いメッセージだった。これを聞いて私は、あっそっかー…私に足りないのは自己肯定感と満足感なんだ〜〜!と、数ヶ月ぶり101回目の気づきをえた。毎回なんで忘れてしまうんだろうね。いつも、気づいてそれを求めて生活を改善して行こうと頑張り始めるはずなんだが、いつの間にかまたわからなくなってて、オンオン言いながら布団にくるまってみんな嫌いしんじゃえっていってるんだよ。

 

びっくりするわほんま。人生でそんなこともう何回繰り返してきたか。信じられんくらいに毎回すっぽりと足りないものが何なのかわからなくなるまで戻るのはなぜなのか。人生はエンドレスエイトなのか?だったら早くキョン君助けて。

 

自らを肯定していないわけではないんだろうけど、自分のもつ尺度、とくにそれが自分を含むものについてはかるときに使用されるときは、完全に毎日目盛りがブレブレだし、その精度をとても信じられないので、非常に厳しい。常に周りからの評価をきっと公正なものなんだろうと信じることで、自己肯定感の種にしている。満足感は、他人に肯定されたこと、に対して生まれるものになっている。

 

すると、最も簡単で、最大手の輸入先は恋人になるでしょう。私はそれがものすごく嫌だった。自分の生活を保つための道具のようにしているような気がしたし、自分が相手を好いているという気持ちが俗物的なものに成り下がるような気がした。相手のために何かしてもそれは全部結局自分のためじゃん、と思った。開き直ればそれまでで解決なんだが、そういう気分にもなれず。それらが嫌で自己生産を目指した結果失敗して迷走してたんかな。なんかそんなような気がしてきた。

 

自己肯定感を生産できるようになること、自意識芽生えて以来の課題、解決されるときは来るのか。(こい。)

 

これについてはまた今度、ゆっくりまとめてみようと思う。