新卒女雑記録

22時ちょうど 東京発

心キビキビ

 

今日のキビキビは厳しいのキビキビではなくほんとうの機微のほうです。今ウルフルズを聞いていて、秋田新幹線こまちが目の前を通ったので心がウキウキしてしまい、こんなテンションで書き始めています。

 

わたしも、ララランドはつまんねー映画で、グレイテストショーマンは楽しい映画だと思う人間です。普段の会話は自分の知識を相手に示す、あるいは思いついた面白いことを伝える、あるいは、自分の体験した面白かったことを相手に知ってもらおうと試みる、の3つが主かなあと思います。あとは、好きな人と話していたら、その人の考え、趣味嗜好について尋ねてみるとか。以前から何度か書きましたが、当然わたしは会話ができてないです。壁打ちなわけです。もちろん時には、相槌を打ったり適度に質問を投げたりしてみることもありますが、大体弾まずに収束します。下手なんだと思う。でも場の空気が読めないわけではないから、楽しそうな雰囲気が出ていれば楽しそうに、悲しい空気だったら悲しそうに、できることもあります。自分が楽しくなっちゃってたらできないですが。時の運です。その場では相手の考え、気持ちの向きなど考えている余裕はないです、後から家に帰って、う、まずったかな?と考えます。わたしも他人の気持ちには鈍い方だということは、幼い頃からわかっていたので、昔からあとから不必要なくらいに反省してしまったりしています。相手の気持ちなんか、顔が笑っているか、怒っているか、泣いているか、悲しい、嬉しい、ごめん、ありがとう、という言葉を使うかどうかでしかわからない。話を戻して、不必要な反省というのを説明したい。たとえば、わたしと友人関係にあるAさんが、どうやらとても落ち込んでいる、するとわたしは

それが自分の言動により誘発されたのではないかという妄想に囚われ、心の中で延々と可能性を探り、意味もなくごめんね、とラインを飛ばしてしまいそうになるのを必死に抑えながら布団の中で落ち込み芋虫になる。実際には彼女はわたしとはてんで関係のないことで悩んでいて、しかも、そこまで深くも悩んでいなかったとしても。わたしにはもう関係なくて、マイビズなのです。彼女が落ち込んでいたのはわたしのせいだ、これがわたしのなかの事実になり、恐怖まではいかなくとも、彼女と会うのが億劫になり、その時身近にいる人、ほとんど恋人かな、と二人だけの世界だったら良かったのに!と心を怒らせる。ここまでがワンセットです。まあ。日々こんな感じです。

 

普段は何も考えてないけど、ゆっくりと後で考えれば、人々の行動がどのような感情を表現するために行われているかはわかるけど、その感情の原因を推測する作業が苦手で、結果、すべての原因をわたしに結ぶことで事態を収束させようとして無駄に苦しんでいる、ということです。

 

だから映画とかアニメとかでも、わたしは〜〜だからこうする!とかはっきり言ってくれてたり、どう考えてもこの理由で喜んでるな〜〜!!みたいに感情の原因結果がはっきりしてるものがすき。なんだとおもうよ。

 

ここまで書いて、わたしがミステリ好まない理由がわかった。かも。登場人物の心情をあまり深く追わないイメージがあるからかもしれない、今読んでる迷路館の殺人が、まさにそうなんだけど、事実描写が多くて、登場人物が多くて、一人称視点で感情を掘り下げることが少ない。わたしは、小説で人間の感情思考を学んできたので、そういうのがわかりやすい本が好みだ。司馬遼太郎歴史小説が大好きなのだが彼の本だと、ほとんど一人称視点で自分の中身をザクザク掘って出し掘って出ししている。時には作者の感情も乗ってくる。これが鬱陶しいと父は言っていた。ミステリは、その辺が弱くてぼんやりしてしまう、感情がわからないことはないんだけど、絶対量が少ない感じなのかね。