女子大生雑記録

日々の面白いこと面白くないこと

自己紹介

ふつうブログを開設したら最初の記事は自己紹介なんだよな、と他人のブログを眺めていて漸く気がつきましたのでここで自己紹介記事を一度挟ませていただきます。

私は都内某大学にて化学を学んでいます。学年は三年生、性別は女です。四年進級時に留年することがすでに確定していますので、何のあがきもせずともあと二年半は女子大学生(笑)なので、これを機にブログタイトルのほうも『女子大生雑記録』などという釣りアカウントかのようなタイトルに変更してみました。アイコンは金沢、月うさぎの里にて撮影したアンゴラウサギになります。

 

これくらいしか特筆できるようなことがらもないのですが、よろしくお願いします。

個人情報保護の意識が低いのと、情報の帰属もとを正しく見極められていないのと、その他の原因も多分あって、情報を正しい順番で文字に起こせていなかったり、個人情報だよそれ大丈夫?みたいな記事を書いてしまうこともあるかと思いますが気合い入れて読まないでください。

 

思いついたことを、思いついたときに、ちょこっと整理して書いてみようかなというだけのブログです。

 

不労収入がほしいので一流ブロガーになりたいという気持ちもあるけど。とりあえずアマゾンのアフェリエイト広告くっつけておくので、ポチポチしていただけると超感謝です(ダイレクトマーケティング)。

 

今回の広告は、私が今まで読んだ中で一番好きな本です。ぜひ読んでほしいな。この本の感想はまた今度書きたいことの一つです。

 

坂の下に見えたあの街に

まとまった金をため ひとり街を飛び出していくことが
新しい夢の中 歩いて行くことだから
でも寂しそうに見送りに立ちつくす母親にさえ
さよならが言えずじまいで アクセルふみ込んでた
あなたの夢に育まれて その夢奪ってくわけじゃない

小さな俺を眠らせた
こわれちまった オルゴールが
バッグの中で 時をかなでている
俺は車を止めて手を振っていたよ
坂の下 暮れていく街に

仕事を終えて帰ると 俺のためにストーブをともして
親父はもう十九の俺の頭 なでながら
話す昔話の意味が その日俺にもやっとわかった
飛び立つ日から思い出は 夢の中で語るだけさ
排気ガスにすすけた窓 俺はひとり夢見ている
坂の下のあの街の中で 必死に探し続けてたもの
あの日の親父と同じようにね

坂道のぼり あの日街を出たよ
いつも下ってた 坂道を
家庭を飛び出してきたのは
それより上目指してたから
やがて俺も家族を持ち
同じ様に築きあげるだろう
何もかもわけあって行く様にね

思い出す たそがれて行く街を
坂の下 たたずんでいた街を
俺はいくつもの 傷をきざみ込んだ
坂の下に見えたあの街の中

 

尾崎豊さんの素晴らしい歌、人生、ぜひ曲を聴いてください、CD貸します。アルバム、回帰線です。

いもちゃん

 

あがり症を直すのに腹式呼吸が良いらしいので、やってみたところ、できるはできるが腹がボッコボッコいう、お腹が空いているんだね。それはそうと私、寝るときは口呼吸派です。でも口呼吸だとだんだん出っ歯になるらしい(どういう仕組みや)。鼻呼吸へのシフト法知っている人がいたら教えてね。

 

ところで私は高校生のいもーとちゃんがおりますが、その彼女がまあちょっとおバカなのです。このままでは結構付き合って行くのが辛いパーソンになってしまうかもしれないので、それを恐れた姉はなんとかしたいと思ったのであります。しかし、実家と私には物理的開きがあり、日々ダメ出しをすることが困難な状況。仕方がないので苦肉の策として、日々こういうふうに物事を考えましょう!みたいなハウツー本を書いてみることにしました。ここに姉教を立ち上げたわけです。でもなかなか何を書いたらいいのかわからない、彼の人が何ができて何ができないのかもわからないし、日本語を読んでその意味を正しく読み取ってくれるかなあ、というのも不安ですが、そこは、ポテンシャルを信じるしかないので頑張って今日から書き始めようと思います。ちなみに、9月帰省のおりには本人をJKキラキラカフェで釣りお話をするつもりです。なんとかうまくいってほしいなあ。

 

野心的にあること

 

今日過去の会話を思い返して気がついたこと、満たされていると野心的にあることは難しいのかな。ということ。

私は常に、どこかに満たされていない自分を感じるから、もっともっと何かを手に入れたいと思うけど、手に入れた後を想像すると、どうなんだろーか。どんな風に思うんだろう、そんな時でもやっぱり自分が持っていないものを持っている人を探してウンウン言えるのかしら。

 

私は野心的でない人間にがっかりする気持ちと、もう一つ羨ましいと言う気持ちも感じていたのは、今までも上に書いたことをなんとなくは自分でわかっていたからなんだろうな。自分の今の境遇に満足してしまう人間を思わない奴だなと思うとともに、はなからその満たされた状況にあり続けてきたであろうその人がとても羨ましい。相手にあって自分にないものを、欲しいと思わないほどに自らが満たされている彼らのことをやっかまずにはいられない。

 

と思ったけど、それもまた興味の方向の違いだけなのかもしれない。

 

私からすると、低レベルなものを手に入れただけで満たされているように見える人間も、私の知らない何かを必死に求めているのかもしれないか。

私は平均とったとき女子大生がおそらく手にしているであろう、お化粧、服飾品、キラキラ大学生活などを手に入れられない自分には不満を抱かないもの。そういう私はやっぱりいわゆる女子大生が見たときにしょーもない、魅力の薄い人間なんだもんな。それだけのことか。

 

どっちにしろ私はもっと野心的であらねばならないと思う。変化を求めて行かねばならぬと思う。家から出ることを目標にしていた高1の私と大して変わらない今が悲しい。何をしなくちゃいけないのか、エンジンがかかっていないよ、このまま死んでしまうよ。ああ、だめだ、書いてたら頭がぐるぐるしてきた。

自分を客観視する自分を感じる。気持ちが悪い、だめ、もうかけない、寝るしかない。だめ。だめだ。あかん。急に来た。無理な奴。

気力が足りない

 

今日も友人のブログに引っ張られた記事を書く。

 

わたしはかねてより田舎だけには住みたくねえ!と叫び散らしていますが、本当にダメなんだよ。

車に乗らないと、どこにもいけない。駅前に行っても全部が手に入らない。駅前に行くのに、20分以上かかる。歩いて行けるとこにコンビニがない。そんな環境に住まされることになったら、そこでの生活が自分のこれからの暮らしなんだって認知した瞬間からど鬱だよ。多分本当に発狂。

 

不便だからダメってのも多少はあるよ、お家から出ない引きこもりになりそうだもの。

でもそれよりも、そんな田舎に誰もわざわざきてくれないというところがダメ。自分も腰だけが重くなって、旦那さん及び息子に全力を注ぐ限界ババアにきっとなる。毎日仲良しな人に会わないとしんどい。専業主婦絶対なれねえ、今わかったわ。

 

一人で何かを考えるのは好きだけど、それは、いつでもすぐにそれを誰かに伝えられるってわかっているから、楽しいわけだし。悲しいことに、相手がいないとなんのモチベーションもわかない人間なので本当に何も楽しくなくなっちゃうんだと思う。

オタクするのも、勉強するのも、一人ではそんなに気力が持たないな。わたしはずっと東京か、大阪に住むのでみんなもどっちかにいてください。

 

話を変えますが、大学生になって(?)直接自分で選んだ友達以外の人と遊ぶことも、ままあるようになった。

そのおかげで、ハズレの友人を作ってしまう確率が今までに比べ格段に増えてしまった。(言葉が悪い?)嫌いなわけではないんだが、わかるわかるわかるわかる!!!!ってなれない人?みたいな。ソウルメイトにならない友達。大多数で遊ぶぶんにはいてくれても構わないが、たまーに会って二、三人で遊ぶにはきつい人。そういう人の割合が増えた。

とりあえず連絡先を持っているということが苦手なので、本当に連絡とらないだろう、という人の情報はどんどん消します。

まだ一週間たたないくらいに、ツイッターのフォロー整理をした。ソッと20人くらいリムーブした。タイムラインが遅くなったことが不満だけど、精神に良い。

ツイッターは普段会えない友達の、空気感が感じられるから好き。ほとんど高校とかのホームルームと同じ感じがする。どうでもいい日常を垂れ流されてて、それをお互いに見て、こいつは面白い、と思ったなら絡めばいい。実際の人間の仲良くなり方と似ているのでは?と思う。

他の人と話してるのを横から見て、ふうん、こいつはこんな話もできるのか、と考えたりするのも面白い。

 

今日は同居人ちゃんも、かれし様も東京にいないのできっと夜も色々考えてブログを書くことだろう。

お金でもめてはいけません。

学部で築き上げている山のような借金に加え、大学院でも日本学生支援ヤクザからお金を借りなくてはならないようなので(知ってたけど)、とても苦しいよ。

 

大学院に行くけどね。

 

ほんま道端に倒れてる身寄りのない富豪にAED施したい。

 

ママ上の管理する口座には毎月奨学金満額17万ずつきているはずなのに、仕送り(奨学金から取ってる?)は、6万円しか来ていないし、そのためにわたしはへえへえバイトをしなくてはいけないし、かといって扶養は超えてはいけないし。

そしてなぜか、母から四年時は奨学金借りなくてもいいんじゃないのとか言う謎の通達が来るし。

かと思ったら、妹の大学の費用に充てるからそのまま借りろとか大学院でも借りろとかよくわからないことを言われるし。

 

そんな不透明な運営されたらだれでも自己の管理する口座へ奨学金振りこませようとすると思うがね。

 

 

母をとりあえず悪者にしたいわけではないけど、結果的にそうなること、しんどい。

かわいそうと思うけど、認知が歪んでしまっている50歳をただしきへ導くやる気も義理もない、わたしが元気に生きることを第一に考えたい。

ママのケアーはパパがやってくれ頼むから。

 

わたしはもう、母の不満点全てをつぶしてゆくことにも、それを潰し終えた後に、ばか!!!とか言ったっきり無視されるのももう飽きたんや。

父のワシはお前の意見に賛成やと言いながら、母に何も言ってくれない傍観姿勢にもうんざりなんだ。

 

面倒なので大学院に進む時に全部切り離してやろうと思ってたけど、前倒しをせざるを得ない鬱陶しさ。夏休み中に片がつくことばかりを祈る。

 

 

サマチャレ2017

今年もサマーがやってきた。

最高の夏、先週のA.B.C-Zのコンサートにより開幕、その時点でもう最高だったのに、今日も最高な夏を経験してしまった。

 

普通に、昨年のサマーチャレンジで仲良くなった数名と、ご飯食べて、オタク会話して、花火しただけなんだよ。でも、もう、ただ最高の2時間ちょいだったとしか言えない。

 

なんなんだろうか、あの尊い時間は。なんだろう、わたしにもいたじゃんめっちゃいい友達!みたいな(こういうことを言い出すと大学の友人を敵に回すことになる)。

 

四人いたうちのオタクと、私たちがどれだけ頑張っても、終わらないコンテンツってないんだよって話をしてたんだ。けどふつうに、わたしと相手が切らない努力をする限り、友情(とても口に(文字に)するのがはずかしい)は、永遠に楽しめるものだなということがわかってしまった。なので、これからは、お友達のことを本当に大切にしようと思います。

19時台に素面で花火振り回してオタ芸してくれる友達なんかどう考えても尊い。それを横で眺めててくれる非オタも優しい、大好き。

 

はっきり言って、魂のぶつかり合いを感じた。こういうことやで人生って。

 

その後の二次スーファミ大会も最高だった、やっぱり自分の仲良しの人同士が仲良くしてくれるのは本当に素晴らしいこと。嬉しさの限り。

 

ところで今日すっごい感謝、感動したのが、ケータイで動画撮れること。後から見返しても、ほとんどその場やん、2ヶ月後とかに見たらめっちゃ元気出そうな動画いっぱい撮った。脳のメモリはもはや足りてないので、記録できるものは記録して楽しもう。人生で初めて動画機能に感謝した。勢いをそのままに。

 

また冬にも遊ぼーね、ってみんな言ったこと、真実だって感じてる。