女子大生雑記録

日々の面白いこと面白くないこと

自己紹介

ふつうブログを開設したら最初の記事は自己紹介なんだよな、と他人のブログを眺めていて漸く気がつきましたのでここで自己紹介記事を一度挟ませていただきます。

私は都内某大学にて化学を学んでいます。学年は三年生、性別は女です。四年進級時に留年することがすでに確定していますので、何のあがきもせずともあと二年半は女子大学生(笑)なので、これを機にブログタイトルのほうも『女子大生雑記録』などという釣りアカウントかのようなタイトルに変更してみました。アイコンは金沢、月うさぎの里にて撮影したアンゴラウサギになります。

 

これくらいしか特筆できるようなことがらもないのですが、よろしくお願いします。

個人情報保護の意識が低いのと、情報の帰属もとを正しく見極められていないのと、その他の原因も多分あって、情報を正しい順番で文字に起こせていなかったり、個人情報だよそれ大丈夫?みたいな記事を書いてしまうこともあるかと思いますが気合い入れて読まないでください。

 

思いついたことを、思いついたときに、ちょこっと整理して書いてみようかなというだけのブログです。

 

不労収入がほしいので一流ブロガーになりたいという気持ちもあるけど。とりあえずアマゾンのアフェリエイト広告くっつけておくので、ポチポチしていただけると超感謝です(ダイレクトマーケティング)。

 

今回の広告は、私が今まで読んだ中で一番好きな本です。ぜひ読んでほしいな。この本の感想はまた今度書きたいことの一つです。

 

終わらないkadai 生物化学

 

生物化学の課題をこなすのが苦手すぎる。何もできない。好きじゃなさすぎて何もできないということがあっていいのか。

でもできない。

なんでこんなに進まないのかわからない。やる気のために実験書も買ったのに、1ページもまともに読めない、日本語として認識されない。気がつくと田舎でとって食べていたダメのことを思い出す。あれは一体なんだったんだ。見た目は完全にタニシだったが、海にいた。別に美味しくもないのにみんな捕まえて佃煮にして食べていて田舎だなと思った。そもそもうちの家はご飯のお供を食べる文化がなかったので、漬物佃煮全般苦手なのだが、それにしても美味しいというような一品ではなかったとおもう。

 

こんな話もどうでもいいし、来週までに終わらせたい課題がいっぱいあるのに全部7分目くらいまでしか終わってない。今日提出のものは終わらせたい。やりたくなさに涙が出る。

 

ブログ書いてる場合じゃないんだよ泣きながらやれ

面白くないパターン

 

意思を表明することができるかどうか、これが人間に魅力を感じるかどうかの一つの指標となる。

 

会話においてでもある。自分で決めることを放棄しているやつとは会話を続ける気持ちにならない。ただの会話、というけれどそれもきちんと、自ら会話をリードする気がない場合、相手もその気がない場合には有効なものが生じない。これはすごい発見だと思う、大学生になるまで実地に理解できなかったとは(こなみかん)。自分が会話をリードする気がある場合でも、相手になければそこでおしまいなのである。いくら私が狙いを定めまくって、興味のありそうな話題をぶつけていっても壁打ちの場合もある。ということは実は会話が成立している場合、私は会話を楽しんでいるのではなくて、会話が成立していること自体を楽しんでいるのか?という疑問があったが、そうでもなかったということがさらに最近わかった。

 

リア充ツイッターと悪名高いInstagramを通して小学校の同級生Oくんから連絡があった。何度かDMをやり取りし、ラインを聞かれたので教えたがこの時点で会話の噛み合わなさを感じていた。決して私の気持ちは受け身ではなく(ビビってはいたが)あちらも積極的に話を持ちかけてきていた、しかもなんならあちらはこの会話を楽しんでいる雰囲気さえ醸し出していたが、私にとって興味のある話題がこれ以上の会話から得られるようには思えず、無事既読無視&非表示をかましてしまった。スマンな。

 

やっぱり内容も大事なんだな〜。初対面でかち合う話題を見つけられなかった、というか最初の2分以内にかち合う話題を見つけられなかった人とその後仲良くなれる気がしなくなってしまった。こうしてまた人と話すのが億劫になっていく。

 

O君の話で唯一?私のためになったのが、どうやら私は一定以上関わった人の記憶にはかなり強めに残っている、ということである。当然といえば当然なのだが、私自身がほとんど関わりのない人間でも割と顔と名前、その他情報を覚えてしまう質だったので、他の人もそういうもんだと思っていて(冷静に考えて、私の世界が狭かっただけ説ある)、自分だけが相手を覚えていて相手は自分を覚えていない、というシチュエーションをN回経験してきていたために、自分はキャラが薄いものだと錯覚していたようだ。キャラ濃いやろと言われても、またまた〜と思い生きてきたが本当に濃かったっぽい。ウケる。これからも精進していきたい。

 

 

 

 

 

 

 

友達など人のお家から帰る時、家を出てドアを閉めてすぐにガチャン、と鍵をかけられるのがとても苦手だ。小さい頃は、自分の家でも、行ってらっしゃいと言った母が、わたしが家を出た途端にガチャン、鍵をかけるのがとても怖かった。締め出されたように感じた。そのまま家の前の階段に10分ばかり座って作り出した孤独感を噛み締めたこともあった。なのでわたしはなるべく友達が帰る時には、その子がもうエレベーターに乗ったかなというタイミングでガチャンするか、急ぎの時は、そーっと聞こえないくらい小さな音しか立たないように、左手を添えて鍵をしめる。

 

そんな話はどうでもよくて、今、絶賛人生の迷走期なので(いつもという説が有力ではあるが)些細なことで心が揺れる。

 

母が悪意なく(というのはわたしの願望であって、実際の母はとても女なので色々考えて当てこすってきているのかもしれないが)送ってくる

 のは、○○がANAの総合職やって!とか☆☆がカタールの添乗員なってんて!とかいう毎回感嘆符つきのわたしの同級生ええとこ就職したやつ便である。流石に今日はイライラしていたので返事を控えさせていただきました。母よ、君は気がついていないかも知れないがええとこ就職したんはみんな金持ちのところの娘や。やはり人類は再生産をしているんだ。

 

わたしもお金持ちになってお手軽に幸福を味わいたい。でも今ここで大学を手放して会社員になってお金持ちになったとして、わたしは幸せになれるのかということが単に疑問です。お金持ちになったことがないからわからない。手放したことを後悔しないという自信は全くない。

でもこの貧乏学生の暮らしは持ってあと2,3年で、しかもその後には800万オーバーの借金を返すことになるんじゃ。

 

近頃はずっと、自分がこの先どのようにしたら上の中の暮らしを送れるかということばかり考えている。意味がないのに。動き出さない時間がまたわたしの周りに溜まり始めて、きっとこのまま何も変わらないで終わることになるなら、何もしないのに。どっちになるのか早く知りたい。30までにわかんないと、おっけーパターンの時でも子供もうめない。女は早く成功しないと、男よりももっとずっと早くだめになる。バカみたいにつらいし腹立つ。早く何もかも決まれ。

平凡な幸せ

中学や高校の時から、普通に結婚して普通に幸せな人生過ごせたらいいというようなやつらが、信じられなかった。負け組思考どんまい。と思ってバカにしてきた。そして今も、彼らのいうところの普通の幸せというものが具体的にわからないまま。無理をせずに手に入る範囲の幸せが自分の望んできた全てだと感じるように努力する、という風に解釈している。あるいは、本当に欲がないのか。

 

いわゆる普通の幸せ、恋愛し、結婚し、子供は2.3人、1人では家族全員を養えない程度の収入の夫を支えるため仕事をしながら、ママもして、時にはおばあちゃんの力を借りて、、、、

こういうイメージなんですけどね。完全にうちなんだよな。なんだかんだ言って大阪の貧乏なおうちの、幸せってこんなもんかと思ってしまうんだ。必ずどこかに、眼をつぶるべき箇所があって、それを努力して押し殺して自分は幸せなんだと言い切らないといけない。そういうのでいいのかと、身近な例を見ていてそう思っているだけなんだけど。普通の幸せ云々いう人たちの思ってる普通もきっと自分の家のことだと思う、大抵。

 

そこまで思って自分が結婚するとしたら(わたしの場合結婚と子供×2はハッピーセットなので)、自分の子供たちにはなるべく上等な普通を与えてやりたいなあと思った。根が貧乏人なのでわたしが思いつく上等な普通っていうのも、本当に平均をとれば普通なのかもしれないが。自分の思うすごいものを普通に押し下げるために一生懸命働いてお金持ちになる、っていうのはアリアリやなとかなんとか考えながら、化学調味料をかじる。胸焼けがする。

 

 

 

眠っている間に

人生が止まっている。誰にも会いたくないし、何もしたくない。もう何にもほしくないし、ただただ家にいたい。自分のために何かをする時間がたくさんあると、何もできなくなって、自分が本当にやりたいことが何もないことに気づいてしまう。他人のために無理矢理やらねばならないことを自分の意思だと錯覚して進める方が何倍も何十倍も何百何千倍も楽チン。現に私は大学に行けなかった今日もバイトに行ける。 

 

やっているつもりのことを手に入れるのは簡単だけど、これから先はなるべくそういうものを避けていかなきゃいけないんだとわかっている。私は有意義な人生を欲しいと思っている。死ぬ間際に密度が薄すぎて何も思い出せなかったらとても嫌だし。なるべく自分自身のことで、毎日生きないとダメ。他人のことを、自分のことにしてはいけない。

 

目的の先を他人に合わせるのは心が弱い。ダサいのでやめたい。自分をどうにかすることを目的に変えないといけない。まだやり方がわかってないだけで、慣れればできる、はず。

 

ロート

目が乾けば目薬をさすようになった。この1ヶ月内についた習慣のひとつ。ほかにも、毎朝洗顔をし、化粧水、美容液、乳液などを塗る。風呂上がりにもこれをする。歯ブラシは五分以上。鼻呼吸を意識する。などなど細々としたことを、色々とはじめた。

 

はじめて数日のこともあるが、すべて面倒になった。自分のためにこんなことをしなくてはいけないのか。自分のために意識的に何か働きかけをするなんて健常人間なら平気でできることなのかもしれない(できるできないとかいう振り分けをそもそも思いつかないのが健常者らしい)が、わたしにとってみれば日々頭をひねりひねりして出しまくっている、繰り返しの日常を避けるための手段の1つに過ぎない。とはいえ、必要度は、たかそうなものばかりで、昔身につけた毛を剃るという苦行は課金により無事取り除かれたわけだけど、今挙げたようなものは課金でとり除けなさそうな感じがしてとても面倒。

 

目的のない作業は飽きがくる、ということを何度も確認しては忘れたことにして。

 

 

そんな(私にしては)多すぎるルーチンに嫌気がさしたのかなんなのか、手に入れたばかりの給料を全部ダメにしてしまいたくなった。いっぱい服を買って持って帰ったけど、どれも要らなかったので、明日返しに行かないといけない。お腹減っていないのに無理やりご飯食べる時と同じ気持ちだったけど、服は買っても返せるから、こっちの方がいいかなって気持ちになった。