新卒女雑記録

22時ちょうど 東京発

夢アラーム vol.1

 

 別の世界から戻ってくるためのすべり台が完成したのは18年前のことです。そしてその時、別の世界、そこを私たちはフロンティア・ラボと呼んでいます、の発見とその意外と長い歴史も明らかになったのでした。フロンティア・ラボから戻ってきた42歳の男性は、元は南極基地でペンギンの個体調査をしていた隊員です。ペンギンセンサスの途中、どんどんペンギンが減っていくので不思議に思い、仕事を中断してペンギンが消える丘を調べに行ったところ、フロンティア・ラボへつながるすべり台を見つけたというのです。ちょうど岩と岩の間から入れる奥の空洞にあった滑り台なのでよっぽど近づかないと見つけられない、と彼はいい、その話の通り滑り台は南極生活のプロである探検隊が半年間同じところを探し回ってようやく見つけることができました。なぜ、半年間も調査が続いたの?その男性の嘘だとおもうんじゃないの、と思いますよね。それに対する答えはこうです。①その男性は南極に突然一人ぼっちで現れた②なんとその男性は3世紀前に亡くなったとされていた南極基地の隊員と同一人物であった!

 

 彼の話によるとフロンティア・ラボは時の流れがない場所で、自分が今まで本物を見て、触れたことがあるものならばどんなものでも(大きさや難しさによって必要な時間がちがうが)手に入れることができるという。ただ、ラボには元の世界に戻る手段がなく、南極に戻ってくるまでとても時間がかかってしまった。ーでもまさか3世紀とは思わなかったなあ。まず初めに、来るときにずっとすべり台で降りてきたんだから帰るときは登るだろうと思って大きなエレベーターを作った。どれぐらい大きなエレベーターが必要か分からなかったからかなりの時間をかけて大きいものを作ったので、エレベーターに乗り込んで、これまたずっと待った。その頃はまだ時間の感覚があったから、日付をなんとなく数えていたけれど、3ヶ月は乗ったとおもう。でも残念ながらエレベーターが止まって開いて、降りた先は元のラボだった。あの時はしばらく発狂していた。それからいろんなものを作っては試したよ。そして最後には正解を見つけたわけです。まあこれが唯一の正解ではないかもしれないですがね。では今日のラッキーなお客様、どうぞ不思議な世界を心ゆくまで見学してください。そしてわたしが見つけた帰り道を通って帰ってきてくださいね。あまり帰りが遅くならないように、それだけは気をつけてください、ご家族に会えなくなりますから…。ー

 

男性の話が終わると、部屋が明るくなり、受付のお姉さんが戻ってきた。

「これでもう出発できますよ。行きはかなり濡れますので、それだけは覚悟して。すべり台をおりたらすぐに水から出てください。でないと白熊に襲われてしまいます。」

今は改装されて入り口も広くなった南極の空洞の、すべり台を今からすべる。不思議なラボはその存在の特別さを十分に活かすために、いつもは本当に優秀な学者たちにだけ解放され、人類のために利用されている。けれど1日に1回世界中から1人だけ、見学に招待されることになっている。どうやってその人が選ばれるのか、なんで1日1人なのかははっきりしていない。

…すべり台は思った100倍大きい。おそろしく水色の水が下へ向かってうねっていてウォータースライダーか滝のようだ。

「溺れた人はいませんから、水の流れに身を任せてくださいね、下にはわたしと同じ制服の案内係がおります。それでは。いってらっしゃいませ。」

すべりだした。すべり心地はまるきりウォータースライダーで、でもなぜか周りがだんだん明るくなってきて、すべり台の両側から白熊たちがこっちを見ているのがコマ撮りアニメみたいに見える。みんなわたしを食べたいのかな、と怖くなってきたところで急に…ドボン!

 

とてつもない衝撃を受けて、上も下もわからない。沈んでいく。と、光がまぶたを温めた…水の中なのに……もしかしてこれが、白熊…?

 

誰かの手が私を引き揚げた。

「ーさん。お疲れ様です。フロンティア・ラボに到着しましたよ。大丈夫、最初は気が動転している方も多いですから。徐々になれます。でも本日はようこそと言うわけにはいきません。隠すと毒なのではっきりと言いますね。大規模な人工災害が起こりました。今すぐここを離れます。ついてきてください。絶対に離れないで。」

ああ、さっきの光は白熊じゃなくて爆発か何かだったのか。

「あと5分のうちにはここまで衝撃波が来るという予想です。急いで!」

「どこへ向かっているんですか?」

「ここには最初にできた帰り道の他に帰り道はありません。同じものを作っても、最初の一つしか元の世界に通じてはいませんでした。今から向かうのはその出口です。このドアの先、さあ、行ってください。」

「一人で?」

「ええ。一日に一人しかこのラボに来られないのはご存じですよね?それは行きと帰りのすべり台にはそれぞれ一日に一人までしか乗れないからなんです。あなたはちょっと滑ってきたような気がしているかもしれませんが、それはここに時間の流れがないからで、本当は丸一日かけて滑ってきていたんです。だから、帰りはずっと、ずっと長い時間を感じながら帰ることになります。でも大丈夫帰れますから。ね。」

 

「もし、お姉さんと一緒に乗るとどうなるんですか?」

「どうなるのかははっきりしないけれど、元の世界には帰れないわ。」

「………。」

お姉さんは黙ったまま私を追いやりドアをしめた。

 

部屋には、少し大きな児童公園にあるような螺旋形のすべり台が一つ。私はその頼りなさに涙が出た。泣きながら、ステンレスがお尻にひんやりとしてもっと涙が出た。もうどうしようもないので、一度すべってみようと、手を離す。するといつまでたっても地面がこない。終わらないすべり台に気持ちが移り、その回転にぐったりとしてきた頃。遥か上でポンと何かが弾ける音がした。ドアが吹っ飛んだらしい。ステンレスがじんわりとあたたかくなった。